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2025年、鉄鋼セクターの脱炭素化を振り返るー停滞の中に見え隠れする変化の兆し

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2025年、鉄鋼業界のニア・ゼロエミッションへの移行は、世界全体でほとんど進展が見られなかった。関税引き上げ、価格低迷、先行き不透明な政策支援策、そして安全保障をめぐる議論の中で鉄鋼が各国の政治争点になる動きなどが業界を大きく左右する中、脱炭素化を決定付ける動きに乏しい1年となった。

要旨

2025年、鉄鋼業界のニア・ゼロエミッションへの移行は、世界全体でほとんど進展が見られなかった。関税引き上げ、価格低迷、先行き不透明な政策支援策、そして安全保障をめぐる議論の中で鉄鋼が各国の政治争点になる動きなどが業界を大きく左右する中、脱炭素化を決定付ける動きに乏しい1年となった。

数字に目を向けると、業界全体の排出原単位は横ばいの状態が続いている。また、従来の石炭を使用する高炉への投資が、低排出な設備への投資を上回る状況も昨年に引き続き変わらなかった。さらには、発表済みの低排出鋼材の生産計画が、中断、中止に至ったものもある。「石炭からグリーン水素へ」という期待は、その勢いを失いつつある。

低排出な鉄鋼生産への移行は、数年前に予想されていたよりも時間を要し、複雑さを増していく見通しだ。しかし、鉄鋼業界の脱炭素への移行が「停滞している」と評することは誤解を招く。

実際、2025年の鉄鋼業界は変動の大きい一年となった。それらの動きは市場要因による圧力や企業の利害追求によって生じた「表層的な現象」にすぎないのか、それとも業界構造における本質的な変化の兆しなのかーその見極めはまだ容易ではない。

スティールウォッチは、こうした「変化の兆し」を一年を通して精査してきた。これらは、やがて業界の潮流となる可能性を有する。変化の兆しはすでにまかれた種であり、時に目に見える形で、時に目には見えづらい形で芽となって姿を現す。

これら兆しの多くは、ニア・ゼロエミッションの実現に向けた前進を示している一方、一部には後退や反発が強まっていることを示すものもある。前向きな兆しが勢いを増し、鉄鋼業のような高排出な産業の構造転換へとつながるかどうかは、まだ明らかではない。
鉄鋼業界の脱炭素化は避けられず、深刻化する気候危機に対して「間に合うかどうか」こそが問題だ。企業や政策立案者は、現状維持を正当化する「遅延の言説」にすがるのではなく、こうした前向きな変化の兆しを基盤として行動することで、勢いを急速に高めることができるはずだ。

本稿の冒頭では、業界における主要な指標を検証するが、その結果は気が滅入るほど昨年と似通っている。続く章では、今年特に重要だと考える「変化の兆し」を取り上げ、その将来に向けた意義を考察する。

鉄鋼業界の移行状況を示す指標

スティールウォッチは、業界全体の排出量と低排出技術への移行状況の双方を示す一連の主要指標を追跡している(図1参照)。2025年、排出原単位および全世界で稼働中の高炉生産能力ともに変化はなかった。また、新たに発表された高炉の年産能力は、同じく新たに発表された直接還元製鉄(DRI)プラントの年産能力を上回った。

前向きな変化を示す指標であっても、それ自体が脱炭素化の進展を示すものではない点に注意が必要だ。業界全体のCO2排出量と原料炭消費量はいずれも減少したが、これらの変化は主に鉄鋼生産量の減少に起因する。特に中国では、生産量がすでにピークを過ぎた可能性が要因として指摘されている。

図1:出典は脚注に記載。

たとえばDRIプラントの新設や、SBTi(科学に基づく目標設定イニシアチブ)によって認証された企業目標数の増加など、一定の前進は評価に値する。しかし、世界全体で1兆9000億米ドル超えの産業であり、脱炭素化に1兆米ドル超の投資が必要と算定されている産業転換おいては、不十分だと言わざるを得ない。

建設が開始された高炉の生産能力は前年と比べて減少したものの、建設前の段階にある高炉事業計画は依然として規模が大きく、長期にわたる高排出固定化の重大なリスク要因だ。建設着工件数の減少と建設発表件数の増加というギャップは、高炉をめぐる投資判断が発表段階では確信をもってなされておらず、脆弱性すら有することを物語っている。

数字には現れない「変化の兆し」とは?

中国における低排出鋼材への方向転換の兆し




中国は依然として世界最大の鉄鋼生産国であり、2024年の世界の粗鋼生産量の半分強を生産し、世界の鉄鋼業界による温室効果ガス(GHG)排出量の60%以上を占める。これは、中国の鉄鋼業界の動向が、世界の排出量に極めて大きな影響を及ぼすことを意味する。

また、中国の過剰生産能力と石炭依存の生産体制は、他国の鉄鋼メーカーが自らの移行を先送りする理由としてたびたび引用されており、鉄鋼業界の脱炭素をめぐる政治的力学に長らく重大な影響を与えてきた。

2025年、中国は鉄鋼業界の段階的な方向転換に向けた初期段階の措置を講じた。中国におけるDRI投資の第一波では、年間約600万tのDRI生産能力が見込まれる。現時点では設備の大半が化石燃料由来のガスに依存しているが、DRIへの移行は始まっており、今後加速する可能性がある。


2025年4月には、中国国内の排出量取引制度の鉄鋼業への拡大が正式に発表された。中国の鉄鋼メーカーにとっては、排出原単位の高さが価格高につながる仕組みが国の制度として初めて導入された。
これらの兆しは業界全体の規模から見ればまだわずかであるが、従来路線からの逸脱を示す、意義ある動きである。また、鉄鋼生産能力の増強禁止を掲げる過剰生産対策の実効性が担保されれば、中国におけるこうした兆候は、脱炭素化の勢いと競争圧力を加速させる可能性を秘めている。

EUの産業政策における前進と反発



EUに対し業界団体のロビー活動が活発化:排出量取引制度の現行スケジュールの維持を求める団体がある一方で、延期を求める声も




欧州連合(EU)は、産業の脱炭素化に向けた最も先進的な政策枠組みを保持しており、その中核に鉄鋼業を据えている。2025年には進展と反発が同時に見られ、EUの脱炭素化の枠組みの重要性と脆弱性が明るみに出た。EUの政策体系の一部には緩和や再解釈も見られたものの、年末時点で、前進的な政策の基盤は概ね維持されている。

EUの排出量取引制度(EU-ETS)の今後を巡る議論は、その象徴的な事例である。2026年1月からETSの排出枠無償割当の段階的廃止が始まることを受け、ロビー活動は一層激しさを増した。低排出技術への移行を先導する企業(ステグラ社、ハイドナム社、LKAB社)は、10月に立ち上がった「Business for CBAM」に参加し、EUに対し方針を維持するよう強く訴えた。一方、ティッセンクルップ社やフェストアルピーネ社をはじめとする他の鉄鋼メーカーは、ドイツ発の対照的なロビー活動に参加し、現行スケジュールの延期を求めた。

11月には、欧州議会が企業サステナビリティ・デューディリジェンス指令(CSDDD)から移行計画策定の要件を削除する提案を採択した。これは、業界横断的であるものの特に鉄鋼脱炭素化において必要とされる要件が大きく弱体化する結果となった。

象徴的な場面での判断においてさえ、その方向性は明確にうかがえた。10月に「産業加速法」の名称から「脱炭素化(decarbonisation)」の文言が除外されたことは、競争力・レジリエンス・産業安全保障は脱炭素化と相容れないという誤った言説に沿った動きである。しかし、これらは対立した動きではない。変革とは本来、将来を見据えた備えとなる。


EUが12月の「クリーン産業ディール」実施パッケージの始動に向けて動く中、その中心的な課題は、欧州が高まる圧力に直面しながらも、脱炭素化の枠組みの明確性と方向性を維持できるか否かである。ETSと炭素国境調整メカニズム(CBAM)を中核とする制度設計は、今も国際社会における取り組みを先導し、欧州域内にとどまらず、鉄鋼メーカーにとってあるべき姿の指針となっている。

欧州で次に起きること、そしてそれに対し他地域が示す反応は、世界的な鉄鋼業界の脱炭素化の方向づけにとって、極めて重要になる。

中東・北アフリカ地域、豪州、そして国際議論で高まる「輸送可能なグリーンアイアン」への動き






輸送可能なグリーンアイアンのポテンシャルに関する報告書が十数件発表される1


製鉄工程と製鋼工程を切り離し、再生可能エネルギー(再エネ)が豊富な地域に製鉄工程を移すという考え方は、多くのステークホルダーにとっては馴染みのない革新的なアイディアであり、慎重さをはらむものでもある。しかし、2025年には工程切り離しへの支持が高まる兆しが見られた。現在の輸送可能な鉄源(例えばホットブリケットアイアン[HBI])のほとんどは化石由来のガスを使用して製造されているが、低排出のHBI、いわゆる「輸送可能なグリーンアイアン」への転換についても本格的に議論されるようになった。業界を代表する鉄鋼メーカーは、再エネが最も安価な場所でグリーン水素を使用してHBIを生産し、需要拠点に輸送し、電炉で鋼材を生産する流れが可能だと認識しつつある。


この変化の兆しが最も顕著に見られたのは中東・北アフリカ(MENA)地域であり、現在輸送可能なグリーンアイアン生産の重要拠点として台頭しつつある。オマーンが進める新たなグリーン産業戦略では、DRIの新設計画と将来的なグリーン水素供給計画が明確に結び付けられており、主なDRI事業に対しては「最初から」水素対応であることが求められている。ジンダル・スチール&パワー社は、オマーンのドゥクムで2基目の水素対応DRIプラントを発注し、投資を通じてこの流れが勢いづいていることを示した。

豪州ではグリーンアイアン産業を活性化させる動きが続いた。豪州政府は、グリーンアイアンの製造とそのサプライチェーンを支援する基金に10億豪ドル(約6億3600万米ドル)の資金を拠出し、その強力な姿勢を表した。

また、ブラジルのベレンで開催されたCOP30でグリーンアイアンに関する原則が発表され、グリーンアイアンに関する議論は、より国際的な舞台へと広がった。グリーン鋼材の定義を巡って激しい議論が交わされたこの1年に、グリーンアイアンを定義する取り組みが始まったことは注目に値する。

これまでのところ、議論や分析のほとんどはグリーンアイアンの生産が可能な候補地に焦点を当てたものだったが、最近では議論や分析が活発化し、有力な輸入地域も含まれるようになっている。これは、グリーンアイアンの新たなバリューチェーンの構築に向けた、もう一つの重要な出発点である。

需要を先取る輸送可能なグリーンアイアン買い取り契約加速の兆し


宝武鋼鉄集団(中国)とフォーテスキュー社(豪州)が、グリーンアイアンの生産を推進する協力覚書に署名


Hylron社(ナミビア)のOshivelaプロジェクトが、生産開始に伴い、ベントラー社(ドイツ)にグリーンな鉄源の供給を開始


ステグラ社 (スウェーデン) がマイクロソフト社と先駆的な仕組みに関する2つの契約を締結


ティッセンクルップ・マテリアルズ・サービス社(ドイツ)が、豪州で実施される1.4GWのグリーン水素事業で生産されるグリーンな鉄源をすべて買い取る長期供給契約を締結


ACMEグループ(インド)がスタビアン・インダストリアル・メタルズ社(ベトナム)との間で、オマーンで生産される初の100%グリーンアイアンの長期供給契約を締結


エレクトラ社(米国)が、メタ社(同)、ニューコア社 (同)、豊田通商、Interfer Edelstahl社(ドイツ)各社と先行長期商業契約を締結したといち早く発表


メランティ・グリーンスチール社(シンガポール)が、オマーンのドゥクム事業で生産予定のホットブリケットアイアン(HBI)を年間500万t供給する長期供給契約に署名


2025年は、輸送可能なグリーンアイアンに関する商業契約の締結が本格化した最初の年となった。豪州、ナミビア、オマーン、欧州、北米などのさまざまな地域で、複数年にわたる供給契約や戦略的パートナーシップが次々と具体化し始めた。そこには鉄鋼メーカーとサプライヤーだけでなく、水素開発事業者、鉱山会社、エネルギー事業者、テクノロジー企業、そして産業界大手の顧客なども関与している。

2025年に特筆すべきは、これらの先行市場の担い手が多様かつ地理的に分散していた点である。豪州、ナミビア、オマーンは、自国を低排出鉄源の新たな輸出国と位置付けるようになり、買い手側も、既存の鉄鋼メーカーから新規参入企業まで多岐にわたっている。

これらのパートナーシップはまだ初期段階であるが、グリーンアイアンを取引するバリューチェーンの枠組みの第一歩として重要である。長期契約は、水素DRI事業のリスク軽減に寄与する。これらの先行長期契約は、世界で初となるグリーンアイアンの流通経路を形成し、ひいては石炭を使用する製鉄からの移行のスピードや地理的な広がりに影響を与える。

これらのパートナーシップはまだ萌芽的なものだが、取引されるグリーン・アイアンのバリュー・チェーンの最も初期の構造を示している。長期的なコミットメントは、水素DRIプロジェクトのリスク回避に役立つ。こうした初期のオフテイクは、最初の世界的なグリーン・アイアン回廊を定義するのに役立ち、石炭を原料とする製鉄からの脱却のペースと地理的な変化に影響を与えるだろう。

高まるグリーン鋼材需要の重要性とその定義を巡る論争の兆し



インド政府がグリーン鋼材の公共調達の仕組みを構築



定義に関する業界のロビー活動が年間を通じて激化1 2


日本鉄鋼連盟がグリーン鋼材のあいまいでグリーンウォッシュともいえる定義を推進



グリーン鋼材の定義に抜け道となる算定方法を組み入れようとする動きに市民社会組織が異議を唱える


2025年には、低排出な鋼材への需要が脱炭素化を促す原動力になるという議論が注目を集めた。EUインドを含む世界各地の政策立案者が、低排出鋼材の需要を喚起し、先行市場を創出し、従来型の生産と低排出な生産とのコスト差を埋めることにつながるプレミアム(上乗せ価格)を支援する措置を推進した。

また、マイクロソフト社とステグラ社の契約(製品供給と環境属性証明書を組み合わせた仕組み)に代表される注目度の高い長期供給契約は、より多くの買い手が、サプライチェーンの中でグリーン鋼材に本格的に取り組み始めていることを示している。

需要シグナルが強まるとともに、何を「グリーン鋼材」と見なすかを巡る論争も激しさを増した。日本鉄鋼連盟(JISF)は2025年、組織内で削減した排出量を証書として、異なる生産ラインの鋼材に割り当てることで、環境負荷の大きな鋼材を低排出とみなすことを可能にする、いわゆる「GXマスバランス方式」の提案を推進した。欧州では、定義においてスクラップ鉄がどのような役割を果たすかを巡り議論が湧き上がった。これは単なる文言定義の問題ではなく、鉄鋼メーカーにとっては、グリーンプレミアムを確保できるか否かという、明確な財務的切迫感を伴う課題だ。

「グリーンスチール」を謳うブランドが増える中、2025年には、低排出鋼材の定義を弱めようとする業界のロビー活動に抵抗する市民社会の動きも始まった。韓国でのポスコ社に対する抗議行動や、国内外から向けられたJISFの提案に対する監視の眼は、グリーンウォッシュに対し疑問を投げかけ、是正を求める圧力を生み出した。

定義を巡るこうした論争は、2025年の最も重要な争点の一つとなった。需要シグナルが健全か、すなわち真の変革を推進する力を持ち、新たな生産工程への実質的な投資となるかどうかは、「グリーン鋼材」としてのプレミアムが、帳簿上の操作やわずかな運用改善に対してではなく、低排出生産への移行へと正しく還元されるかどうかにかかっている。

グリーン鋼材の定義を巡る激しい論争は決着がついておらず、2026年も議論が続くのは確実で、脱炭素化の次の段階を形作るインセンティブに大きな影響を与えるものとなるであろう。

石炭への依存が続く兆し


日本製鉄が米国インディアナ州にあるUSスチール社のゲーリー製鉄所における高炉のリライニング改修と関連施設修繕に、数十億米ドルを投じることを発表


インドで積極的な高炉拡張計画が継続しており、世界全体における石炭ベースの転炉による生産能力の57%を占める


2025年には、今後数十年にわたり世界各地の鉄鋼生産工程の一部を石炭依存に固定化することになる投資や発表が相次いだ。

最も重大なシグナルの一つを発したのは日本製鉄である。同社がUSスチール社買収後に最初に発表した大規模な投資が、インディアナ州にあるゲーリー製鉄所の第14高炉のリライニング改修だった。この31億米ドルにのぼる投資決定は、高炉の稼働寿命を2040年代まで延ばすことになり、国際的な脱炭素シナリオが高炉廃止の加速を求める中、大量の排出を伴う旧来の道筋の強化につながる。

2025年はまた、石炭に依存した生産設備の拡張において、インドが世界トップの地位を確固たるものとした一年でもあった。この背景には急成長する鉄鋼市場による投資の喚起がある。主要4社(AM/NS India社、JSW社、JSPL社、タタ・スチール社)が計画する設備投資総額は1720億米ドルと試算され、その約70%は高排出な生産工程を長期にわたり固定化するリスクを伴うプロジェクトに充てられている。

グローバルエナジーモニターによると、インドの生産拡張計画は世界の石炭ベースの転炉を使用する生産能力のうち57%を占めるが、わずかな希望として「大半は『発表済み』だが『建設中』ではないため、低排出な経路へ転換する余地が残されている」と指摘。一方で英フィナンシャル・タイムズ紙は、こうした急増をけん引する産業的・政治的要因を強調した。
これらの一連の動きを見ると、危惧すべきズレが浮かび上がる。今まさに、巨額の資金を投じて石炭を使用する生産工程からニア・ゼロエミッション技術への移行を進める必要がある中で、一部の業界大手はその資金を、時代遅れな排出量の多い資産につぎ込んでいるのである。こうした動きは、新興国においても米国においても見られ、1.5度目標に沿った未来が許容できる範囲をはるかに超える排出量を固定化するリスクをもたらしている。

国家主権の政治的枠組みが鉄鋼の今後を左右する兆し


米国が鉄鋼およびアルミニウムに対する関税率を引き上げ


EUが「鉄鋼セーフガード」措置を改訂し、強化


インドブラジルベトナムが関税規制を課す


英国議会が緊急招集され、中国企業傘下にある「最後の高炉」を管理下に置く


スクラップ鉄の輸出を制限する国が48か国に急増


2025年、鉄鋼を国家主権の基盤として再び位置づける動きは、鉄鋼業界を方向づける政治の影響力を浮き彫りにした。主要な生産国において、政府が、鉄鋼を単なる貿易対象の工業産品としてではなく、国家の強靱性(レジリエンス)、防衛、経済安全保障につながる戦略的資産として扱う傾向が見受けられた。

こうした国家主導の政策立案の急増は、脱炭素化のペースを緩め、国家の関心は変革よりも国内生産能力の保護に向けられることとなった。

こうした変化が最も顕著に表れたのが、鉄鋼生産国間で激化した関税戦争である。米国は国家の安全保障を名目に、通商拡大法第232条に基づく関税を大幅に引き上げた。欧州委員会は「過剰生産能力による不当な影響」から欧州を守るために鉄鋼セーフガード措置を強化した。他の国々でも同様の保護措置が発動され、インドは中国製鉄鋼製品に対する新たな輸入関税を検討し、ベトナムは反ダンピング関税を課し、ブラジルは国内生産者の保護を目的に輸入割当制度と関税措置を延長した。

だが、関税以外にも、鉄鋼を国家主権の枠組みで捉えようとする動きが見られた。英国では、臨時議会が土曜日に緊急招集され、国内に残る最後の高炉を事実上国家の管理下に置くこととし、鉄鋼生産における「戦略的能力」を維持するために外国資本企業の経営に介入する意向を示した。

戦略的観点から主権を主張する動きは、スクラップ鉄にも及んだ。2025年3月までに48カ国がスクラップ鉄の輸出制限を課しており、そのうち38%は輸出の全面禁止を導入した。これにより、スクラップ鉄は自由に取引される産品ではなく、戦略的な資源として再定義された。

鉄鋼はいつの時代も、相反する二つの視点によって形作られてきた。世界中で取引される産品としての側面と、国家建設および産業の安全保障の基盤を成す要素としての側面である。2025年には、国家主権という視点が決定的に優位に立った。

より強力な国家産業戦略を駆使して低排出な鉄鋼生産能力への投資を加速させることは可能である。そのためには、政府が低排出製品を戦略的に重要だとみなす選択をする必要がある。一方、国家主権という考え方を利用し、そびえ立つ関税の壁の背後で石炭を使用する既存の資産を守り、結果として国際協力の余地を狭め、世界の脱炭素化に必要な共通の基準を弱体化させている政府もある。こうした保護貿易主義の急激な高まりと鉄鋼業界の脱炭素化への移行が対立するのではなく、歩調を合わせられるかどうかが、2026年を決定づける課題の一つとなるだろう。

2026年の展望

2025年、鉄鋼業界における脱炭素化をめぐる言説は、「都合がよければ取り組む課題」へと矮小化され、多くの事業計画の行方は不透明なまま放置される結果となった。

遅れを「失敗」ではなく「合理的判断」とみなす言説が勢いを増す一方で、鉄鋼業界の脱炭素移行において抜本的で緊急の変革が不可欠であるという事実は、科学者たちが警鐘を鳴らす中でも、ほとんど注意を払われなかった。

一方、「変化は段階的かつ緩やかに進むものであり、石炭ベースすら含むあらゆる技術的選択肢を受け入れて初めて可能になる」という危機感に欠ける主張は、ほぼ異論なく受け入れられた。多くの高炉が2050年以降、おそらく2070年までも稼働し続けるという考えすら、あたかも既定の事実であるかのように語られている。2030年は成果の見え始める年であるべきところが、一部では単に「出発点に向かうための一歩」に過ぎないと位置付けられている。

こうした業界主導の言説は、政策やビジネスの領域で大きな影響力を持つ。遅れを「現実的な対応」として再定義することで常態化し、後退を「慎重なリスク管理」として正当化している。さらには、競争力や政策の未整備を理由に、責任を企業自身の意思決定ではなく外部制約に転嫁している。

危険なのは、遅れそのものだけではなく、向かうべき目標自体が書き換えられてしまうことだ。市場や政策立案者が「本格的な脱炭素化は、あらゆる前提条件がほぼ完璧に整ってからでなければ始められない」という考えを取り入れてしまうと、システムから緊急性が失われる。

こうして「移行の停滞」という筋書きが正当化され、常態化する。そして本来一時的な減速であるはずの状況が、当たり前として定着してしまいかねないことに危機感を抱かなければならない。

2025年、気候危機は兆しではなく、すでに今ある現実だ。気候NGOのClimate Centralは、気候変動関連の異常気象による被害額が、米国だけでも2025年の1年間で1010億米ドルに達すると推計している。2024年には世界経済フォーラムが、気候変動による被害額は2000年以降すでに3兆6000億米ドルを超え、緊急対策が講じられなければ、世界のGDPは2100年までに累計で最大22%減少する可能性があると警告した。

2026年を見据えれば、鉄鋼業界の脱炭素化においては、鉄鋼メーカーが、石炭から迅速に脱却することへの責任や、「何もしないこと」がもたらす甚大なコストを真に理解するかどうかにかかっている。鉄鋼業界には、2030年を待つまでもなく、脱炭素化を加速できるだけの技術も、道筋も、そして根拠もすでに揃っている。だが、技術そのものを変えることよりも、向かうべき目標に基づいて政策を転換することのほうが難しいのかもしれない。

よって、政策立案者、投資家、市民社会にとっての課題は、野心的な目標に立ち戻り、今すぐ着手すべき行動に踏み出すこと。そして、「停滞」を「宿命」であるかのように巧みに言い換える鉄鋼業界の言説が脱炭素化の移行を妨げないよう、力強く抵抗することである。

脚注

図1「鉄鋼の脱炭素化に関する世界的な指標は、どのように動いているのか?」:

  1. 停滞(稼働中の高炉高炉とDRI炉の比率排出原単位
  2. 改善(CO2排出量原料炭消費量
  3. 小さな前進(SBTi認証DRI生産能力水素DRI生産能力
  4. 進展と停滞の混在(建設中の高炉[2023年4月〜2024年4月]、発表済みの高炉[2024年9月時点])

国連気候変動枠組条約第30回締約国会議(COP30)、於ブラジル・ベル

  1. Green Iron Principles November 2025 – Green Hydrogen organisation
  2. Unlocking Asia Pacific as a first mover- Australia’s green iron opportunity November 2025 – WEF First Movers Coalition3. Call to Action o
  3. Call to Action on commitment to net-zero by 2050 and alignment with 1.5C pathway November 2025 – Agora, Vale, Stegra, Meranti Green Steel, Emsteel, Fortescue, GravitHy, SSAB, Jindal Steel 

豪州関連

  1. A Green Iron Plan for Australia May 2025 – The Superpower Institute
  2. Green Iron Opportunities in Australia October 2025 – OECD
  3. Australian Green Iron tracker August 2025 –  IEEFA
  4. Green Steel Forging Futures Report March 2025 –  WWF Australia

戦略的に重要な他の地域関連

  1. The Role of Green Iron trade in Accelerating Steel Transformation Brazil, Germany, South Africa: September 2025 – Agora
  2. Leveraging Green Trade: The MENA Region’s Opportunity in the Global Green Iron and Steel Market August 2025 – Carbon Institute
  3. Strategic Decarbonisation of the Canadian Iron and Steel Industry June 2025 – Trottier Foundation, SteelWatch
  4. Implementing the OECD Framework for Industry’s Net-Zero Transition in South Africa: Decarbonising the Iron and Steel Sector October 2025 – OECD
  5. Oman at the Frontline of Green Steel Transition November 2025 – IEEFA
  6.  Green Steel Demand in Japan – Market Status and Enablers December 2025 – WWF Australia, Accenture

 高まるグリーン鋼材需要の重要性とその定義を巡る論争の兆し

  1. https://euric.org/resource-hub/position-papers/no-true-green-steel-labelling-without-circularity-at-its-core
  2. https://euric.org/resource-hub/position-papers/no-true-green-steel-labelling-without-circularity-at-its-core
  3. 日本製鉄および日本鉄鋼連盟が推進する「マスバランス方式」は、鉄鋼メーカーが組織内での排出削減量をプールし、算定上のCO2削減幅を、ごく一部の鋼材に集中的に割り当てることを可能とする。こうして低排出またはゼロエミッションとして販売される鋼材は、実際には石炭ベースの工程で製造されている可能性があり、その排出原単位は「低排出」や「ゼロエミッション」とは大きくかけ離れている。

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