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日本の自動車産業「今期最高益」の裏側:サプライチェーンの浄化で遅れが明らかに

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円安による海外販売利益の増加を背景に、日本の自動車メーカーは24年3月期決算で、おおむね好業績が予想されている。トヨタ、ホンダ、スズキなど複数の大手企業はいずれも最高益を更新する見通しだ。 他方、代表格のトヨタの現状のビジネスモデルは「残存者利益だ」との専門家の指摘もある。残存者利益とは、過当競争や収縮傾向にある市場で、競争相手が撤退したあと、生き残った企業のみが市場を独占することで得られる利益をいう。

解説: この論説は、2024年3月26日にこちらで掲載された。

円安による海外販売利益の増加を背景に、日本の自動車メーカーは24年3月期決算で、おおむね好業績が予想されている。トヨタ、ホンダ、スズキなど複数の大手企業はいずれも最高益を更新する見通しだ。 他方、代表格のトヨタの現状のビジネスモデルは「残存者利益だ」との専門家の指摘もある。残存者利益とは、過当競争や収縮傾向にある市場で、競争相手が撤退したあと、生き残った企業のみが市場を独占することで得られる利益をいう。

つまり、トヨタはいずれ衰退するガソリン車市場で利益をあげているだけで、将来の利益期待は限られる、というわけだ。こうした指摘を裏付けるように、最新の国際的な自動車メーカーの比較評価で、日本企業は世界の競合他社と比較し、いかに遅れをとっているかが示されている。 世界の自動車メーカーは急速にクリーン化と電動化を進めている。そうした潮流の中で、日本の自動車メーカーも同様に「クリーン化」と「電動化」に分野での将来の競争力を確保する必要がある。「従来通りのビジネス」に運を任せ、オペレーションやサプライチェーンの「浄化(クリーン化)」を無視した経営を続ければ、国際的な遅れを取り続けるのは明白だ。 別の専門家は、このままのビジネスモデルを続けていくと、日本の自動車産業全体が1990年代以降の電機・家電業界の繰り返しになることもありえるとの警鐘を鳴らす。グローバル競争が常態化している自動車市場では、今後はより近代的で、機敏な企業が市場全体の主導権を握ることになるのだ。

中国企業は、電気自動車(EV)を軸としたグローバルビジネスを急速に構築し、世界のEV市場を牽引しようとしている。 一方、ヨーロッパでは2035年までに内燃機関車を禁止する予定がある。EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)は、鉄鋼、セメント、アルミニウム、電力、肥料、水素などの炭素集約型製品に輸入関税を適用するもので、2030年までに自動車を含む全ての工業製品に拡大される予定である米国のEV移行も 、今月最終決定された新基準によって加速する方向に向かっている。 EVは自動車分野における気候変動対策に不可欠な役割を果たしており、世界市場のEV化は確実に前進している。

しかし、日本の各自動車メーカーは、EVへの移行において大きく出遅れてしまった。 日本市場で第一位のトヨタと第二位のホンダは、次に紹介する調査対象企業の中で最も遅れており、 BEV(バッテリーEV)が自動車販売に占める割合はわずか1%である。 日産のシェアは7%(ルノー、日産、三菱を含むR-N-MアライアンスOEMの売上高をもとに算出)で、韓国の現代自動車とほぼ同じである。 一方、中国の広州汽車、BYD、上海汽車のBEV比率はそれぞれ60%、48%、33%で、 中国メーカーのEVシフトがかなり進んでいることがわかる。

国際NGOネットワーク「リード・ザ・チャージ」は『2024年度リーダーボード』(評価ランキング)において、世界の主要な自動車メーカーうち18社を対象とし、「化石燃料を使用しない持続可能なサプライチェーン(気候と環境)」、「人権を尊重した責任ある調達」という2つの主要項目を比較分析し、ランク付けした。 その結果、米国のフォードが、独メルセデス、米EV専業のテスラとの争いを制する形で、一位と評価された。米欧企業が「クリーン化」、「電動化」、さらにはサプライチェーンの人権尊重等の環境・社会の「クリーン化」で競う中、 日本の「トップ3」のトヨタは15位、ホンダ14位、日産が11位と、いずれも下位に留まった。

表1:リード・ザ・チャージ、リーダーボード2024年版のスコア

リーダーボードは、化石燃料を使用しない環境に配慮した持続可能なサプライチェーンと、人権と責任ある調達という2つの主要項目で構成されている。

日本の自動車メーカーは、2つの主要項目のうち、特に「サプライチェーンにおける炭素排出およびその他の環境インパクトへの対応」に遅れていることが目立つ。「サプライチェーンのクリーン化」では、トヨタは5%、ホンダは4%でしかない。 日産は神戸製鋼所との低排出ガス鋼材の新規契約により、日本企業の中で唯一2桁台の12%の評価を得た。だが、それでもメルセデスやボルボの36%と比べるまでもなく、国際的な水準からは見劣りがする。 実際、日産が神戸製鋼から調達した鋼材は、いまだに石炭を使用する高炉で生産されているため、他の自動車メーカーが締結したグリーン・スチール調達協定と比べて「野心的」といえる内容ではない。

もう一つの項目の「人権を尊重した責任ある調達」でも、 日本の自動車メーカーは全て、対象企業全体の下位に属する。 トップのフォードが54%であるのをはじめ、欧米のベストパフォーマー企業が、大体40%から50%のスコアを得ているのに対して、日本メーカーは、約10%から15%と、半分以下のスコアでしかない。 仮に、電動車化か、内燃機関車化かという議論が、技術面での選択肢として引き続き成り立つ立場に立つとしても、調達に際しての人権配慮のスコアがこれほど低いということは、「技術論」では説明がつかない。「責任ある調達」を実践する意識の欠如が明瞭と言わざるを得ない。 日本メーカーは具体的な施策とその実践、実践の成果を検証するプロセスの開示が不明確で 、早急な改善が必要なのである。 つまり、「言葉だけ」のコミットメントを示すだけではもはや十分ではなく、実際の行動とその成果の検証が必要不可欠なのだ。

EVへの移行の遅れ、サプライチェーンの脱炭素化の失敗、人権を尊重した責任ある調達の欠如のいずれも、日本の自動車メーカーにとって、グローバル市場で競ううえで、重大な課題である。 仮に世界の自動車市場全体が脱炭素化への移行に伴って、一時的な「残存者利益」で利益をあげることができたとしても、世界の自動車産業・同市場の急速な「移行」が進む中で、先行する自動車メーカーとの差はますます拡大し、長期的には国内市場以外での市場シェアを失うことになるだろう。むしろ国内市場でも、徐々にその「虚構の牙城」は、足元から崩れていくリスクもあるのでは、と危惧する。 日本の自動車メーカーが、じり貧から脱却する道はどこにあるのか。そのヒントもサプライチェーンにあるはずだ。

今こそ日本企業は、鉄鋼会社を含むサプライヤーと協力して、脱炭素化、人権配慮の両面での変化を起こすべきである。 その萌芽もみられる。例えばホンダは、昨年4月、韓国鉄鋼大手のポスコから温室効果ガス発生を抑制した自動車鋼板の提供を受けるとともに、EV用バッテリー材料事業でも協力する覚書を締結し、脱炭素化と電動化を加速させる方向を示した。鉄鋼業は、旧来のCO2排出量の多い高炉主体の鉄鋼生産から脱却し、自動車業は、CO2抑制鋼板と高性能バッテリーへの切り替えて、「クリーン化」を加速させる道筋が浮き上がる。 脱炭素化社会への移行と、サステナビリティの向上でグローバル競争において勝ち残るには、旧来の「技術・システム」への「安住」から脱するのがまず先決だ。グローバル市場に評価される「鉄と自動車の連携」。それこそが、日本の自動車メーカーと鉄鋼メーカーに将来の新たな機会をもたらすだろう。

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