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クリス・バタイユ博士に聞く:2030年までに鉄鋼業界を1.5℃目標に整合させるには

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Alternative Text Chris Bataille

2050年までに化石燃料を使用しない鉄鋼産業が実現するという見方が生まれつつある一方、そこに至るまでの移行に関しては多くの議論や意見の相違が見られます。 専門家クリス・バタイユ氏にお話を聞きました。

2030年まで残すところわずか6年と7カ月。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、現在生息する大半の種が生きていける地球環境を維持するためには、気温上昇を1.5℃未満に抑えなければならないとしていますが、そのために必要な温室効果ガス52%削減の期限は迫っています。

そのためには、化石燃料の利用にできる限り早急に終止符を打つこと、そして化石燃料に依存しない新たなエネルギー・経済システムを構築することが求められます。

ここ数年、鉄鋼業界の2030年までの排出削減目標をいかに設定すべきかに注目が集まっています。この重大な問いへの答えを探る上で信頼できる第一人者の一人が クリス・バタイユ博士です。

2021年に発表されたIPCC第6次評価報告書の産業に関する章の主執筆者であるバタイユ博士は、今や重工業部門の脱炭素化を進める方法に詳しい技術専門家として一目置かれる存在です。また2021年の ネットゼロ・スティールプロジェクト ではプロジェクトを率いました。このプロジェクトでは、米調査団体グローバルエナジーモニターから入手した鉄鋼生産施設に関する既存のグローバルデータベースを用いて、その一つひとつを徹底して調査し、この業界に特化したものとして初となる「鉄鋼業界の1.5℃シナリオ」を提示しました。 (鉄鋼生産設備に関するグローバルデータベース Global Energy Monitorより。)

どうすれば2030年までに鉄鋼業界が1.5℃目標達成の軌道に乗ることができるのか。また、この気候目標を何としても達成する上で何が妨げとなるのか。スティールウォッチのキャンペーン担当主任マーガレット・ハンズブローがバタイユ博士に聞きました。

脱炭素化の軌道に乗るために

質問:クリスさん、 まずは、鉄鋼業界が1.5℃目標達成の軌道に乗るためには、2030年までに鉄鋼の脱炭素化をどこまで進める必要があるのかについてお聞かせください。

クリス:いい質問ですね。 では手始めに、 ネットゼロスチールプロジェクトで掲げられている主な目標をいくつか紹介させてください。 まずこのプロジェクトで注目するのは、鉄鋼業界の直接排出です。電力使用による下流排出や炭鉱メタンガスによる上流排出などは含みません。その主な理由は、鉄鋼の脱炭素化を進めるのであれば、電力の脱炭素化は、同程度かそれ以上のスピードで進んでいると思われるからです。というわけで、私たちは、2030年までに鉄鋼業界の直接排出を29~31%削減するという目標を設定しました(2020年比)。 トンあたりの排出原単位では、2030年までに27~29%の削減が必要です。

では、一体どうやってその目標を達成すればよいのか。 まずは、世界で新設される一次鋼材生産施設すべてについて、原則今から20~25年の寿命期間以内にゼロ排出を達成できるよう明確な道筋を立てることでしょう。 一方、既存の一次鋼材生産施設では、高炉に石炭を投入して鉄を取り出す方法で生産を行っています。これらについては、石炭の使用に期限を設けるとともに、石炭の使用を前提とした生産をさらに20~25年続けることを目的に行われる高炉のリライニング(改修)をやめることです。 これは大きな方針転換ですが、必ずやり遂げなければなりません。

そうするうち、できれば2030年代初めには、グリーン水素の電解による生産がまず主流となり、その後おそらく10年もすれば、鉄鉱石の直接電解によるさまざまな方法が中心となるでしょう。しかし、最も適した地域で技術が成熟し、高いコスト効率が維持されるようになるまでにはまだ少し時間が必要です。

要するに、2025年以降、削減対策なしの高炉の新設は認められず、現在稼働中の高炉については、新たなリライニング改修を行ってはならない、ということです

この先5年でするべきこと

質問:では次に、今後5年ほどで脱炭素化の実現に目処をつけるため、この先3年で行うべき短期的な最善の解決策としてどのようなものが考えられるでしょうか?

クリス:そうですね。 まずは、鉄鋼業界の世界的な見通しにおける二分化に注目する必要があるでしょう。 それは、OECD諸国とそれ以外の国における状況の違いです。 物事を複雑にするつもりはないのですが、この点は念頭に置いておくべきです。なぜなら、鉄鋼の大半はOECD諸国以外の国で作られており、この先成長が見込まれるのもほぼそれらの国である一方、いち早く石炭を使用した生産を終わらせ、2030年までに低排出・ゼロ排出の生産の実用化と低コスト化を進めるために、政策や市場環境を整備しやすい立場にあるのは、今のところ現在のOECD諸国だからです。

短期的にやるべきことを3つだけ挙げるとしたら、次のとおりです。

  1. 新設される一次鋼材生産施設で直接還元鉄(DRI)生産に切り替えると同時に、グリーン水素設備と組み合わせることで、2030年代初頭までにそれらのDRI設備でグリーン水素を利用できるようにする。
  2. スクラップを原料とする電炉(EAF)による生産を、特に中国で最大限拡大する。ただし、鉄鋼のバリューチェーンを通して、また鉄鋼の消費行動を通じて、材料効率を全体的に最大化することが重要です。 車、送電網、建物など私たちの経済全体で鉄鋼をもっと有効活用することが、排出削減の最も簡単な方法なのです。
  3. 環境への責任ある鉄鋼生産に最も適した地域で再生可能電力を大幅に拡大するとともに、主要経済国をまたいで水素電解槽のコストダウンを図り、2030年までに価格競争力をつける。 オーストラリアや東アジアなど一部の地域では、製鉄と製鋼を切り離してバリューチェーンを最適化することも可能性として考えられます。

鉄鋼における石炭使用の終わりはいつ?

質問:鉄鋼生産における石炭の使用は、いつ頃終わらせることができるとお考えですか? 地域によって異なりますか?

クリス: はい、鉄鋼生産における石炭の使用は、間違いなく終わりを迎えると思います。米国やカナダ、欧州などのOECD諸国では、うまくいけば2030年までにそうなるでしょう。 この点に関して、日本と韓国は他のOECD諸国にまだ遅れを取っていますが、韓国では、鉄鋼バリューチェーンを再構築して優位に立とうと、オーストラリアや他の加盟国のグリーンな鉄を積極的に活用しようとする動きが見られます。 日本にも韓国にもCCUSの理想的な容量を確保できる見込みがないことを考えると、これは重要な動きです。 もし中国が今後数年のうちにクリーン電化とEAFによる二次生産に向けて大きな一歩を踏み出すことができれば、2035~2040年頃までに鉄鋼における石炭の使用を減らせるかもしれません。

最大の難問は間違いなくインドでしょう。 インドは原料炭の産地を擁しており、鉄鋼の生産量、消費量ともに他のどの国よりも拡大すると見込まれています。 その一方で、グリーン水素設備への公共投資が何十億ドルもの規模ですでに行われており、企業は先ほどお話ししたDRIや再生可能電力への巨額の投資などを実際に進めています。

インドで鉄鋼生産における石炭の使用を終わらせるには、まずOECD諸国やOECD諸国に拠点を持つ企業が、インドやインド企業と強固かつ積極的なパートナーシップを結び、インド国内でグリーンな鉄鋼生産にかかるコストを抑えるさまざまな取り組みを進める必要があります。 これについては、あらゆる種類のパートナーシップが考えられます。例えば、低排出・ゼロ排出の付加価値がある鉄鋼製品の生産をインドで実現するための道筋を示す貿易上のパートナーシップや、米国エネルギー省のネット・ゼロ・ワールドやクリーンエネルギー大臣会合(CEM)のような技術面でのパートナーシップ、産業高度脱炭素化イニシアチブ(IDDI)やSteelZero Indiaのような需要者側のパートナーシップなどがあります。 ただし、どの取り組みもいずれコストを均等化させるものでなければなりません。

またインドには、競争力と信頼性を兼ね備えたグリーンな鉄鉱石の選択肢が必要です。もっと言えば、南米や南アフリカ、オーストラリアに至る多様な貿易相手国とのパートナーシップを通じてそうした選択肢が生まれることが理想的です。

インドと中国は、大規模なゼロ排出の鉄鋼生産を行う能力がありますが、やはりOECD諸国が口先だけでなく行動で示し、コストを引き下げ、適正な市場・政治環境を作って、規模の大きい生産者を正しい方向に向かわせることができるかどうかにかかっています。

炭素回収・利用・貯留(CCUS)

質問:韓国と日本のCCUS容量は限定的であるとのお話がありました。でも正直なところ、石炭を使用する高炉での生産におけるCCUSに関しては、実行可能な解決策として導入するのに適した技術レベル(バタイユ博士が設定されている「回収率90%」という基準)には、現時点で中期的に見たとしてもほど遠いのが現状です。 ネットゼロスチールプロジェクトの報告書に研究結果をまとめた2021年から、石炭を使用する鉄鋼生産にCCUSが果たす役割に関する見解は変化しましたか?

クリス: 変わらない、あるいは極めて近いままだと言えますが、そう考える理由は変わりました。 説明しますね。 例えばセメント生産では、CCUS技術ははるかに早く有効活用されています。 しかし、高炉での鉄鋼生産におけるCCUSの活用は非常に難しいのです。 なぜなら、5年前に考えていたほど技術が進んでいないからです。 それでも、有意義な研究開発を続け、2021年の報告書で設定した「回収率90%」を達成しうるCCUSの解決策としての可能性を見極めることは重要だと考えています。ただ、この技術が最終的に導入されるのはOECD諸国ではないでしょう。 やはり、インドを中心に想定するべきです。先ほどお話ししたように、インドに対して、鉄鋼生産全体でそれほど大量の石炭を使用する必要性を感じさせないような適正な条件のインセンティブを設けることに尽きます。 アルセロール・ミタルと日本製鉄がインドで展開する合弁事業のように、石炭を使用する高炉の新設を進めつつ、OECD諸国でDRIや再生可能電力への投資を同時に行っている企業があります。 リスクを分散しているのでしょう。 しかし、そのような新たな高炉に伴う炭素排出を低減するための確かな方法を示すことはできるのでしょうか。今この場で投資家に説明を求められれば、「そんな方法はない」というのが真実でしょう。

質問: 鉄鋼業界で話題に上がっている対策のうち、誤った解決策や方向性が間違っているものとして、ぜひ指摘したいとお考えのものがあれば教えてください。

クリス: 簡単です。とりあえず確かなのは、高炉へのCCUS導入でしょう。 これは、排出量を制限し、必要な時が来たらそれをどこかに送って、地中にすべてきっちり埋めることができるという、まるで魔法のようなもの。 そんなのは馬鹿げています。 まずなすべきは、排出量の大幅な削減です。高炉へのCCUS導入は、先ほどもお話したとおり、鉄鋼業界が期待するような実行可能な解決策にはとてもなり得ないのです。 他に、カーボンオフセットや二酸化炭素除去(CDR)技術を支持する議論もそうです。 これらは、今求められる正味排出量の削減に一切寄与せず、混乱を招くだけです。

企業トップに向けたメッセージ

質問: アルセロール・ミタルのアディティヤ・ミッタル氏、ラクシュミ・ミッタル氏、クリーブランド・クリフズのローレンコ・ゴンカルブス氏、日本製鉄の美濃部慎次氏のような鉄鋼企業のトップが目の前にいると想定してください。気候変動への自らの責任に真摯に向き合い、2030年までに鉄鋼業界を1.5℃目標の軌道に乗せるため、鉄鋼企業が今後1年でするべきこととして何を伝えますか?

クリス: この1年は、あらゆる企業が所有するすべての資産について、いよいよ具体的で信頼性のあるネットゼロ移行計画を策定する年にしなければなりません。 すべての高炉、すべての電路、すべての採鉱場、ひとつ残らずについてです。

何から何まで正解が分かっていなくてもよいのですが、タイムラインと現在の排出量をすべて明らかにすること、そして、住みよい地球環境を維持して自社に投資している投資家の利益を守るために、どれほどのペースで排出削減を進める必要があるのかを算出することが必要です。 この2つは必ずしも矛盾しません。 現在の排出に伴うインパクトを明らかにしつつ、施設ごとに今後3~7年間の削減目標とそれぞれに期待される移行技術を設定した計画の策定は、これら大企業なら実行できることです。 計画の信頼性を確保するには、投資目論見書から技術研究論文まであらゆる情報に加え、米国のインフレ抑制法(IRA)や、他の国で実施・検討されている同様の産業政策など、現在の公共政策をいかに活用していくかについても盛り込むべきでしょう。

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