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自動車産業が高炉を必要としない理由

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鉄鋼の品質要件における重要な論点とは?

自動車産業の品質基準を満たすためには、石炭を使用する高炉で生産された鉄鋼が必要だという根強い定説がある。気候変動対策として、鉄鋼業界に環境負荷の少ない生産方法への移行が求められている今、この定説が高炉での生産を続ける理由として主張されてきた。

多くの定説と同様、かつてはわずかな真実が含まれていたが、現在では決してそうではない。電炉で生産される鉄鋼は、今では自動車産業の品質要件の大半を十分に満たすようになっており、二酸化炭素(CO2)排出量もはるかに少ない。

しかし、高炉を主力とする鉄鋼メーカーの中には、この定説に固執している企業もある。そのため、高炉は将来にわたって特定の鋼材を供給する上で欠かせないという主張が、業界全体で繰り返されている。

『スティールウォッチ「わかる鉄と脱炭素」シリーズ:自動車品質のグリーン鉄』では、以下を明らかにする:

  • この定説がどこから始まり、なぜ今も残っているのか
  • この定説が今ではなぜ通用しないのか
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高炉の定説はいかにして守られてきたのか?

この定説には声高な支持者がいる。自動車産業が必要とする最高品質の平鋼を生産できるのは高炉だけだと主張している。例えばこのような声がある:

ローレンソ・ゴンカルベス氏、クリーブランド・クリフスの最高経営責任者(CEO)。同社は、高炉に多額の投資を行っている米国大手鉄鋼メーカー。ロイター通信によると、ゴンカルベス氏は、電炉では生産できない品質の鉄鋼が自動車の外装パネルに必要だと繰り返し主張している。2023年の四半期決算発表で、同氏は次のように発言している。「圧延加工を行う(電炉)ミニミルで生産された圧延平鋼……だけで自動車を製造しようとしても、うまくいかない」

アントニオ・ゴッツィ氏、イタリア鉄鋼連盟(Federacciai)会長。2024年10月、欧州の脱炭素化の動きを受けて高炉を閉鎖すれば、欧州の自動車産業は品質基準を満たすためにアジアから平鋼を輸入せざるを得なくなるだろうと警告した。同氏は、「脱炭素化は産業の空洞化につながる恐れがあり、これは欧州にとって大きな痛手となるだろう」と述べている。

業界メディアはこうした発言を客観的に検証することなく度々報道し、定説をさらに広める要因となっている。

わずかな真実

どの定説にも言えることだが、ここには多少の真実も含まれている:

  • 鉄鋼の品質を左右する主な要素は、鉄鋼に含まれるバージン鉄(「鉄鉱石由来の鉄源」とも呼ばれる)の割合、および最終製品に使用されるスクラップ鉄の量やその純度の高さである。
  • 高品質の鉄鋼製品の供給で主流となっているのは、主にバージン鉄でつくられる鉄鋼である。現在、このバージン鉄の大半は高炉で生産されている。高炉より短い歴史をもつ電炉では、主にスクラップ鉄を原料とし、品質要件の厳しくない鋼材の生産に特化してきた傾向がある。
  • さらに、電炉に投入されるスクラップ鉄は必ずしも適切に選別されているわけではない。そのため、事前に検出しづらい不純物(トランプエレメント)が含まれている可能性があり、生産される鉄鋼は低品質と見なされる。
  • そのため、自動車産業から求められる最高級の鋼材を、スクラップ鉄を主原料とする電炉で生産するのは難易度が高いと考えられてきた。
  • その結果、高炉で生産された鉄鋼のみが(自動車など高級鋼を必要とする製品に)ふさわしいと結論づけられてきた。

しかし、かつては概ね正しかったこの主張も、今や時代遅れとなっている。

高級鋼は高炉を必要としない

鉄鋼製品の品質を決める主な要素は、炉の種類ではなく、原料となる鉄源の品位(不純物元素の含有濃度)である。

「電炉=低品質」「高炉=高品質」という考え方は、電炉では主にスクラップ鉄を原料とする鉄鋼しか生産されないという前提に基づいている。 低品質の鉄源を使用すると低品質の鋼(はがね)が生産され、結果として(鋼板製品に対して)いわゆる「長尺製品」になる傾向がある。長尺製品は主に、品質要件がそれほど厳しくない建設用途などで使用される。

しかし実際には、今日の電炉ではスクラップ鉄に含まれる不純物を希釈するため、適量のバージン鉄が使用されている。また、鉄鋼のリサイクルやスクラップ選別技術の向上により、使用されるスクラップ鉄の品質も大幅に向上している。また、高炉製鉄所でも、バージン鉄に加えて一部スクラップ鉄を使用しているというのも事実である 1

ますます普及しつつあるDRI法(直接還元製鉄)では、石炭を使用する高炉を必要とせずバージン鉄を生産することができる。DRI法で生産された直接還元鉄は、その後電炉で加工されて鋼になる。

英国の業界団体であるUKスチールは、この変化について次のようにまとめている。「かつて電炉では、銅や窒素などスクラップ中に残留する元素が鉄鋼製品に悪影響を及ぼす可能性があるため、あらゆる鋼種や鉄鋼製品(を生産する能力)に限界があった。しかし近年のイノベーションにより、原料の配合を管理する(必要に応じて鉱石由来の鉄源と高品質のスクラップ鉄を混ぜる)ことで、これまでは高炉一貫製鉄でのみ生産されていた製品も含め、幅広い鉄鋼製品を電炉で生産できるようになった」(強調は引用者による)。

こうした動向を踏まえ、いくつかの鉄鋼メーカーが電炉で生産した鉄鋼を自動車メーカーに供給しているのも特段驚くことではない。

図1:鉄鋼の品質は、使用される炉の種類よりも、鉄源の不純物の含有量によって決まる

電炉を主力とする鉄鋼メーカーはすでに自動車産業向けに鋼材を供給している

例えばイタリアのアルベディやドイツのザルツギッターなどがこれに当てはまり、両社ともメルセデス・ベンツに鋼材を供給している。大手鉄鋼メーカーのアルセロール・ミッタル・ドファスコは、カナダ・オンタリオ州ハミルトンの電炉設備で生産される鉄鋼(少なくとも70%のリサイクル鋼材から成る)をゼネラルモーターズ(GM)に供給する予定だ。同社はこの製鉄所でDRI法を用いた製鉄方法への移行を進めると発表しており、この移行が完了すれば、北米で自動車用鋼材を生産するアルセロール・ミッタルの全製鉄所で電炉法が採用されることになる。GMのグローバル購買・サプライチェーン担当バイスプレジデントであるジェフ・モリソン氏は、この供給契約を歓迎して次のように述べている。「排出量を削減するためにわれわれがサプライヤーとともにイノベーションを進めていることを示す一つの事例である。また、サプライヤーとの強力な関係が、より良く、より持続可能な未来の構築にいかに貢献できるかを明示している。」
タタ・スチールUKは、(英国ポート・タルボット製鉄所で高炉を電炉に置き換える計画をめぐる最近の論争の中で)次のように報告した。「 電炉技術はすでに、高炉で生産できる鋼種の90%を生産できる。電炉でスクラップ鉄に加えて他の鉄源(すなわち直接還元鉄、ホットブリケットアイアン(HBI: Hot briquetted iron)、銑鉄)を使用すれば、顧客の最も要求の厳しい鉄鋼製品を生産できるようになる。米国は、電炉を活用してより複雑な鋼種を生産する技術の開発を先導してきたと言えるだろう。これにより、自動車業界など厳しい要件にも対応できるようになっている。 自動車メーカーや包材メーカーはすでに、電炉で生産された鋼板製品を購入している」(強調は引用者による)。

イノベーションが鉄鋼業界を変革しつつある

自動車業界はすでに電炉で生産された鉄鋼を調達しているが、特定の鋼種の生産は依然として電炉では難しいとされている。例えば、電気自動車のモーターなどに使用されるケイ素鋼(電磁鋼とも呼ばれる)や極低炭素鋼(ULC:Ultra low carbon、または「高純度鋼(IF鋼)」とも呼ばれる)などだ 2

しかし、鉄鋼業界全体にわたり、電炉技術の継続的なイノベーションにより新たな可能性は広がりをみせており、取鍋精錬炉(LF)や真空脱ガス装置(VD)などの設備や二次精錬技術を用いることで、電炉と高炉の間に残っていたわずかな能力差も埋まりつつある。

例えばUSスチールの完全子会社ビッグ・リバー・スチールでは、自動車産業で使用される先進高強度鋼(AHSS)の電炉による生産を簡素化するプロセスを開発している。同社はすでに電気自動車のモーター用の電磁鋼を生産し始めている。循環型社会と脱炭素社会の実現に取り組む東京製鐵は、特に自動車産業をターゲットに、世界最大級の電炉を有する田原工場で鉄鋼を生産している。また、スウェーデンのSSABは、水素を使用したDRI法で「化石燃料フリーの鉄鋼」を生産する先駆者であり、その一部はボルボに供給される予定である。

今後の展望

これら数々の進展を総合的に見ると、高炉からの本格的な転換を妨げている要因は、技術的な制約よりも、むしろ長年の固定観念だと言える。

自動車産業が今も高炉鋼と結び付いている主たる理由は、自動車メーカーと鉄鋼メーカーとの長年にわたる関係性にある。 これまで多くの高炉を主力とする鉄鋼メーカーは、高炉こそが自動車産業の求める高品質な鉄鋼を供給するのだと信じ込み、それ以上のイノベーションに踏み込む必要がないとみなしてきた。

しかし現在、電炉のイノベーションが加速し、ますます多くの自動車メーカーがサプライチェーン全体、特に鋼材の脱炭素化を目指す気候目標を掲げる中、こうした固定観念はもはや通用しなくなりつつある。先見の明のある鉄鋼メーカーは自動車メーカーとの既存の関係を活かしつつ、品質と持続可能性の両面で顧客の期待に応えるために、石炭を使用する高炉からスクラップ鉄や直接還元鉄を原料とする電炉へと移行している。

こうした移行により、鉄鋼メーカーや技術開発パートナーは、かつて供給が困難だった最も要件の厳しいわずかな鋼材を電炉で生産できるように、さらなるイノベーションを迫られている。

イノベーションは今後も続く。いまこそ、固定観念を打ち破る時である。

これは、『スティールウォッチ「わかる鉄と脱炭素」シリーズ』の一部で、複雑に絡み合った問題を整理し、業界で広く語られる主張を正確に検証することで、鉄鋼業界の脱炭素化を推進する理解と勢いを高めることを目的とする。

シリーズの第一弾である「鉄鋼生産が気候変動を引き起こす理由 ー 変革への道を探る」では、高炉で生産される鉄鋼が気候変動を加速させる理由と、その課題を克服するための方法について解説している。

この解説の編集にご協力いただいたマーティン・ライト氏、ならびにレビューにご尽力いただいたIndustrious Labsのジョン・クーニー氏、The Sunrise Projectのクリス・アルフォード氏、マット・マクダーミッド氏に心より感謝申し上げます。

文末脚注

  1. Bernhard Voraberger, Gerald Wimmer, Uxia Dieguez Salgado, Erich Wimmer, Krzysztof Pastucha and Alexander Fleischanderl, “Green LD (BOF) Steelmaking—Reduced CO2 Emissions via Increased Scrap Rate”, Metals, 12, 466, 2022. https://doi.org/10.3390/met12030466.
  2. 主な理由は、電炉内の材料が外気に触れる機会が多くなることで、窒素を多く吸収し、それがケイ素鋼の電気的特性に悪影響を及ぼすため。

主要⽤語

高炉(BF)/ 高炉-転炉法(BF-BOF)

⾼炉では、鉄鉱⽯を⽯炭と混ぜて銑鉄(溶銑)を生産する。その後、転炉で鋼(はがね)に加⼯する。この鉄鋼⽣産プロセスを⾼炉-転炉法と呼ぶ。

電炉(EAF)

電炉では、電気を利用して鉄源やその他の原料から溶鋼を生産する。スクラップ鉄や特定の種類のバージン鉄を原料として投入することが可能である。

直接還元製鉄(DRI法)

DRI法(直接還元製鉄)とは、⾼炉に代わる製鉄技術である。⾼炉は、⽯炭を必要とするが、DRI法では⽯炭、天然ガス、⽔素など幅広い材料を使⽤して酸化鉄を還元できる。

現在、DRI法は主に天然ガスを使⽤している。しかし、グリーン⽔素を使⽤することで、CO2排出量をゼロに近づけることができる。

なお、DRIという用語は、プロセスそのものだけでなく、生成物である直接還元鉄(direct-reduced iron)を指す場合もある。日本語表記においては、生成物である直接還元鉄をDRI、プロセスをDRI法と表記する。この直接還元鉄は、電炉や、電気溶融炉と転炉を組み合わせることで鋼に生産されるが、その過程では他にもいくつかの工程が必要である。

バージン鉄(Virgin iron) / 鉄鉱石由来の鉄源

バージン鉄とは、鉄鉱石から直接生産される鉄源を指す。スクラップ鉄を溶融・加工して得られる鉄源とは区別される。

鉄源

鉄源とは、製鋼工程において使用される主要な原料を指し、主に銑鉄(せんてつ)、直接還元鉄(DRI)、およびスクラップ鉄(リサイクル鋼材)がある。銑鉄は、原料炭を使う高炉において鉄鉱石を還元して得られる鉄源である。一方、直接還元鉄は製鉄工程の一つであるDRI法を通じて得られる。

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